2017年9月号(No.466)

 

 地域づくりから「観光立国」を問う

 

円安や富裕層誕生などを背景に、大変な観光ブームが起こっている。政府は観光は成長政略の柱・地方再生の切り札と位置づけ、カジノ解禁・民泊緩和などによって経済効果を拡大にまい進している。しかし、これらの施策は地域を疲弊させかねない。もともと観光は地域づくりであるのに、地域の資源を浪費するだけになってしまう。観光論及びそれぞれの事例から「観光立国」政策を問う。。

・「観光立国」とは何か-最近の観光論に読む地域・まちづくりの課題        三村 浩史
・カジノ解禁が抱える深刻な課題                       鳥畑 与一
・民泊の急増と地域での対応-京都市東山区六原学区の現状           寺川 徹
・文化遺産を活かすまちづくり-名勝奈良公園の魅力を受け継ぐために      上野 邦一

 

◆新建のひろば
・住まい連他主催──2017年住まいは人権デー「ハビタットと居住の権利」シンポの報告
静岡支部──「新建初夏の建築1DAY(各駅停車で巡る)旅行」の報告
新潟支部──「中越地震からの復興『山古志』の今を学ぶ」の報告
・コーポ推進協主催、新建東京支部他共催

 ──公開シンポジウム「老いる家 崩れる街~参加による再生への処方箋~」の報告
東京支部──「実践報告会2017」の報告
愛知支部──わが町見学会──土蔵と塩の道「足助を歩く会」の報告
埼玉・群馬支部──2017年 合同見学会「館林」の報告
千葉支部──「仕事をかたる会2017@千葉館山」の報告
・復興支援会議ほか支援活動の記録(2017年6月1日~ 6月30日)

 

◆連載
《英国住宅物語7》戦間期のハウジング1919 年法、イギリス社会史の分水嶺       佐藤 健正
《創宇社建築会の時代27》創宇社同人たちの敗戦─1931~1945─            佐藤 美弥 
《新日本再生紀行10》千葉県館山市(その四)                   岸田 一輝 
《20世紀の建築空間遺産23》エイヘン・ハールトの集合住宅ブリッツ・ジードルング  小林 良雄 

 

主張『被災者と被災自治体の真の復興にむけて』

東京支部/新建全国常任幹事  三浦史郎

 東日本大震災から6年半が経過した。被災地は集中復興期間の5年(2016年3月)も過ぎて、最新の復興庁の発表(2017年7月)によれば、防災集団移転促進事業など住宅用宅地整備は72%完了、災害公営住宅は85%完成、住まいの確保に関する事業が完了するのは18年度末(2019年3月)を見込んでいるという。実に被災から丸8年を要することになっている。福島の復興公営住宅の整備完了は17年度末と予定している。これらの数値はすべて土木・建設事業の公式発表であり、被災者の生活再建の一部の指標に過ぎない。避難者数は被災直後の47万人から減ったとはいえ、いまだ9万人という(これも公式発表)。
 しかし、新建に集まる情報は様子を異にする。被災者側から復興を捉えると、そこに実態との違いが浮かび上がってくるようだ。復興が土木・建設産業界のためではなく、被災者や被災自治体の真の復興になっているのか、検証する必要がある。
 昨年11月の「全国研究集会in吉野」では、岩手県山田町・宮城県石巻市・東松島市・福島県内など東北3県での復興に関する実践報告が、生き生きと語られた。さまざまな課題や壁とぶつかりながら成果に繋がった様子がわかる。(集会当日の資料集に掲載されている。残部少数だが事務局であつかっており、10分科会の報告とあわせて読むことが出来る。)
 その後も、仙台の会員から、公募買い取りという濡れ手に粟の復興公営住宅とあわせて、大震災による持ち家需要を一手に獲得する大規模マンション開発が、規制緩和をフル活用し環境アセス逃れで進められているという、まさに災害を儲けの対象とする復興ビジネスに怒りの報告があった。
 こうした実践は事後の検証も必要であり、その中から教訓を引き出し、それを活かす制度・政策へと発展させることが重要と考える。
 たとえば、この間に会員から出されたさまざまな意見を見てみると、・仮設住宅建設の遅れにつながった敷地確保に対する法整備などの検討は進んでいるのか。
・避難期間が長期化する大規模災害を想定して、長期居住に見合った仮設住宅の水準見直しは喫緊の課題だ。
・借り上げ仮設住宅となった民間賃貸住宅の質の確保や、避難世帯コミュニテイ維持の問題への対応策は講じられているか。被災者・自治体・大家の三者契約方式のガイドはどうか。
・自宅避難者に対しては、救助法や再建支援法での補修費助成などで十分だったか。そして支援の対象とみなされず、当然の援助が受けられなかった点の見直しが必要。
・住宅再建にとって建築費用は大きな壁であり、被災者生活再建支援制度の住宅再建加算は増額が必要だ。通常平時の住宅建設や取得とはそもそも条件が異なることや、集中的な需要で建設費高騰が発生した状況下での再建の特殊性を見るべきである。
・復興住宅(災害公営住宅)は、災害による住宅困窮世帯に対する制度としてはまったく不十分であることが露呈した。復興が目的なのに、公営住宅の枠に縛られてしまっている。復興住宅そのものの政策スキームでの制度設計が必要だ。
・被災後のまちづくりが住民意向を反映して進められたか。時間を掛けて考えながら進めるまちづくりのためにも、仮設住宅は居住性重視で良質な水準とするべきだ。
・一律に行われた災害危険区域指定や、何の対策も講じられなかった「白地地区」などの検証も必要だ。
・天災と言われる地震・津波に隠れて、原発を始め国土開発と都市計画行政の歪みなどが被害を拡大させた人災の面について、技術者である私たちもかえりみるべき点を見過ごしてはいけない。
 復興はいまだ終わっていない。〝風化させるな〞という声をよく聞く。忘れないこと(記録・記憶)とともに重要なのは教訓を活かす努力を続けることだと思う。どれだけの教訓を引き出せるか。会員各位が考えるどんな意見でも、fukkoushien@freeml.comまでお寄せ頂きたい。

 

  


[静岡支部]- 「新建初夏の建築1DAY(各駅停車で巡る)旅行」

  日時:6月 17日(土)  参加:7名(会員外1名)

  場所:吉田茂邸、パナソニック汐留ミュージアムにて「建築展」

      新橋駅のガード下で呑み会

 

 支部では、今年は月一回くらい会員同士が顔を合わせるだけでもよいから、参加しやすい場をつくろうと考えています。今回の企画は1か月ほど前の幹事会で急きょ決まりました。

 久しぶりに東京へ出かけよう!早朝に静岡を出発してJR大磯駅で途中下車し、再建された「吉田茂邸」を見学してから、東京にあるパナソニック汐留ミュージアムにて「建築展」を鑑賞し、新橋駅のガード下で呑み会を行い、再び普通列車で帰途する、「1DAY旅行」と言う軽い響きとは違い、なかなかハードな内容です。

  「吉田茂邸」は建築家・吉田五十八が昭和30年代に主要な部分を設計した住宅でしたが、平成21年に火災のためほぼ全焼してしまいました。その後再建工事が行われ、本年4月より一般公開となっています。再建までの期間が少ないと聞いていたのですが、その復元のあり方などについて、いろいろと意見を交わしました。結構みなさん評価が厳しかったです。吉田邸では神奈川支部の大西さんと合流して、多くの時間ではありませんでしたが、地元住民の立場としてのお話を聞けました。池泉回遊式日本庭園や兜門は火災を逃れたとのことでしたので、暑い日差しの中でしたが庭園を一周し、相模湾のきれいな景色を見ることができました。

 文化財としての建築物の保存や修復に対して、一般の人の注目は大変高まっていると同時に、壊されていくスピードに驚かされることも多い昨今です。大磯の町は、横浜での研究集会の際にも、神奈川支部のみなさんに案内していただき、楽しく街歩きをしました。今回も駅から吉田邸までを歩いてみると、古い木造建築やバブルの頃の建物や、代々続く門構えのある立派な住宅など、建築マニアたちには話題に尽きない行程でした。

 静岡支部は以前から、古い建物や街並みから現代建築まで幅広く見学してきましたが、今回も、近代数寄屋建築家の作品を見た後は現代建築展の鑑賞でした。「日本、家の列島 - フランス人建築家が驚くニッポンの住宅デザイン」というタイトルです。館内には図面、模型、写真、映像がたくさん展示され、土曜日ということもあってか、大勢の人達が熱心に見入っていました。居心地の良さそうな住宅もありましたが、多くの作品は静岡では見られないような変わった住宅でした。都市の中では、自分たちの生活を守るためには、住宅も戦わなくてはならないのでしょう。そんな住宅デザインが、エキサイティングな光景に映っているのかもしれません。タイトルが〈フランス建築家がビックリ!〉ですから……。

 近年、プロダクトや家具の分野では、伝統技術を継承しながら、新しいデザインを取り入れる若い作家や職人が注目されています。家具も形などに偏った物でなく本物が求められているように感じます。建築はどうなのでしょうか?東京という街を見ていると、やはり以前と同じようなスクラップアンドビルドの建築が多いように感じてしまいました。

 大磯では中高年、汐留では若い人たちの建築を楽しむ姿を感じることができました。

 旅の終わりは、ガード下での懇親会でした。スタートから話は盛り上がり、あっと言う間に時間が過ぎてしまいましたが、今後の予定などもスムーズに決まり、内容のある呑み会でした。帰りの電車の中でも、眠気を我慢しながらも、また話です。1DAYだけの小旅行、たくさん歩いて、たくさん話して、心身共に熱い一日でした。

 実行日は、6月17日(土曜日)天候は晴れ、静岡支部からの参加者は会員外の1名を含めて7名でした。

(静岡支部・小杉剛士)


[埼玉・群馬支部]- 合同見学会in館林

  日時:6月 25日 (日), 午前10:30 ~ 午後4:00

  場所:館林市内の建物見学 (地図)

  説明見学先:旧モスリン事務所、田山花袋旧居、旧秋元別邸、武鷹館他

 

 6月25日(日)、その日の天気予報では、雨ということだったが、当日は曇り。尾曳神社駐車場へ10時ごろ到着。6名の参加でおこなった。

 今回の見学コースは、集合場所の館林市尾曳神社の接道道路を挟んで隣接の第二資料館にある田山花袋旧居から上毛モスリン事務所。続いて、尾曳神社駐車場の道路向かいの旧秋元家別邸。その隣接、田山花袋記念館の後、文化会館内レストランで昼食。その後、順に歴史の小路散策、旧館林藩士住宅、歴史の小路散策、館林二業見番組合事務所と盛りだくさんで、すべて徒歩で回った。

 田山花袋旧居、旧館林藩士住宅はいずれも、江戸時代後期〜幕末の建物だ。田山花袋は、明治4(1871)年第二資料館から東北東へ400mほどのところの外判木で生まれだ。ここから、西北西へ500mほどに、彼が7歳から14歳まで住んだ裏宿の移築前の旧居があった。今は史跡公園となっている。木造平屋、寄棟造り、茅葺、一部瓦葺き。建物面積は74・25㎡で、棟札はなし。江戸時代後期と推定されている。

 この建物は昭和46年5月1日に館林市指定史跡に指定されている。館林市の指定文化財管理台帳の記載の中の説明には、「自然主義文学の作家田山花袋が明治12年から明治19年までおよそ8年間生活したところであるとともに明治維新前の武家屋敷の一つでもある」とある。

  一方、上毛モスリン㈱は明治35 (1902)年に設立。建物は洋風で、正面外観は左右対象、小屋組はトラスで組まれている。明治41年から明治43年にかけて、二の丸(現在の市役所辺り)工場が作られ、そのときに事務所として使用された。この建物が、昭和53(1978)年に館林市に譲渡され、県指定重要文化財に指定された。翌年昭和54年に曳家移転および復元工事がなされ、昭和56年に第二資料館としてオープンした。この会社に関わった家冨忠三郎が、業務長を経て専務取締役となる。後述する旧館林藩士住宅の移築先の大手町〜旧鷹匠町に多くの土地を所有していて、昭和6年に亡くなった。大正末期の不況により昭和2年に共立モスリンとなり、さらに昭和16年に日本毛織となる。

 続いて、秋元家別邸。秋元家の住宅としてでなく、上毛モスリンの施設の一部として、大正から昭和にかけて建てられた。建物の中は戸締りされて見られない状態で、前庭の南側にある菖蒲園は時期を過ぎていて半枯れの状態だった。敷地内には秋元神社、また奥の方に中世の墓がある。

 第二資料館の道路挟んで田山花袋記念文学館。向井千秋記念子ども科学館と並立している。ここには1時間ほど滞在し、ビデオを見たりして館内を一通り見てきた。博物館となっているが、天井がさほど高くなく、落ち着いて資料等を見ることができた。そのあとはお昼の時間となり、300mほど歩いて、文化会館のレストランで食事をした。

 その後、旧館林藩士住宅まで歴史の小路を500mほど歩く。建物は江戸時代後期の幕末に山形藩から転封になった館林藩7代城主秋元氏によって建てられ、現尾曳神社の北東側の外判木にあった。平成14年に現在の大手町(旧鷹匠町)に移築復元された。転封後建設当初は伊王野家が住んでいて、その後親戚関係にある山田家が移り住んだ。

 我々一行6人が建物を見学していると、館林市文化財ボランティアの野口さんが近寄ってきて、説明してくださると言うので、受けることにした。彼は小学生のころ、外判木にあった山田家によく遊びに行ったとのこと。

 旧館林藩士住宅を後にして、歴史の小路を西の館林駅方向へ歩いて、鷹匠町長屋門を横目に見て400m行ったところに、旧二業見番組合事務所がある。ここでは外観のみの見学だ。二業とは、芸者さんの置屋と料亭のこと。見番は取次、料金精算・管理をすること。現在は、本町2丁目東区民会館として使用されている。

 ネットの資料によると、昭和13年に建てられ、木造2階建て、入母屋、桟瓦葺き、外壁は1階が下見板張、2階が真壁造り、

白漆喰仕上げ。正面は左右対称、切妻屋根が重なるようになっていて、手摺を廻して、楼閣風の意匠に仕上げている。平成28年2月に群馬県の登録有形文化財(建造物)となっている。

 以上で、見学会は終了、午後2時。予想より早い時間だった。帰りは一般道を選び、羽生の〝道の駅〞に立ち寄り、野菜などを購入した。

(埼玉支部・菅野茂)


[愛知支部]- わが町見学会 土蔵と塩の道「足助を歩く会」

  日時:6月 24日 (土)

  場所:豊田市足助町 

 6月24日開催のわがまち見学会は、前回の有松に続き重要伝統的建造物群保存地区に指定されている豊田市足助町の商家町を、愛知支部の河合定泉さん(足助町出身・在住の大工)に案内していただきました。足助の町並みは愛知県で一番初めに選定された重伝建地区です。参加者は支部会員と非会員合わせて10名でした。

 「足助」はもともと三河湾でとれた塩等を信州方面へ運ぶ中継地として発展し、全盛期には十数件ほど塩問屋があったそうです。そうして山間部に商家街として形成されていきました。その後、塩の道として役目を終えた町は、大きな経済的発展がなく町の開発がおこなわれなかったため、今の観光地としての古い町並み「足助」が残りました。

 山間部にある足助の町屋は平らな土地が狭く、川と街道が並走しています。街道から見て川側の建物は段々下がって行き、逆に山側は上がっていく構造になっています。建物内部にも段差があるために平野の町屋とは違った室内空間になっています。川側では建物は川岸ぎりぎりまで建っており、水面と街道との高低差があることから、建物の中を川で冷やされた風が煙突効果によって街道まで運ばれていきます。実際体験すると心地よい感じで効果が実感できます。それは夏にはとても快適ですが、逆に冬は厳しいかなとも思いました。

 今回案内していただいた河合さんからは「足助の町屋は大きな特徴がない?のが、特徴です」とのことでしたが、妻入りや平入りの混在する町並みになっており、変化があってよい景観かと思います。大がかりな修繕中の建物が数軒ありました。愛知県では数少ない貴重な町並みなので、今後も残ってほしいです。

 個人的には足助に来るのは3回目(前回:三州足助屋敷の見学・前々回:百年草の見学)ですが、商家街は初めてなのでとても楽しみにしていました。当日は少し暑かったですが天候にも恵まれてなかなかよい散策でした。重要文化財の旧鈴木家住宅は保存整備中で見ることができませんでした。2023年に全面公開予定とのことでしたので、ぜひ再び訪れたい!です。

(愛知支部・中森重雄)    


[東京支部]- 「実践報告会2017」

  日時:6月 24日(土) 

  場所:都市まち研

 

 6月24日(土)、「都市まち研」会議室で開かれた今回の「新建東京支部実践報告会」は、出席者17名、報告者8組9名で、東京支部の活力を感じることのできる集まりになりました。

 東京支部企画部長の柳澤さんからは、閉会に当たり、「内容は広い分野をカバーしていました。質問も次々と途切れず発せられ、おかげさまで時間はおせおせ状態でしたが、何とか懇親会だけは時間通り(18:00)始めることができました。(笑い)」と挨拶されました。確かにこの日の「東京支部実践報告会」は新建の多様な発展を示すものになったと思います。特徴を整理すると次のようになると思います。

 今年の「実践報告会」は「新入会員歓迎会」も兼ねて開かれました。新入会員の関真弓さんが、「都市まち研」として、神田に建つ昭和3年築の「看板建築・海老原商店」の保存修復に取り組んだ中における自分の果たした役割について報告され、参加者を感動させました。 これまでデザイン塾などの新建の活動に参加されるなか、今期会員になられた「ケノス」の小林清泰さんの実践報告は、これまでたずさわれたスーパーマーケットなどチェーンストアのたくさんのデザインの報告で、新建活動ではこれまでにない業界の内実・視点が随所にあり、大変興味深い報告でした。

 象地域設計の3人の方からの報告がありました。一つは「共産党都委員会事務所新設」というユニークな施主との共同作業についての栗林豊さんの経験報告。2番目は松木康高さんによる、中林一樹先生が提唱された「復興まちづくり訓練」の東四つ木地区での訓練の実践報告。3番目は「建築のデザイン」とはこういうものかと聞いている人に納得させた佐伯和彦さんの複数の建築設計実例紹介でした。

 自分が長期に取り組んでいる事業について、「定点観測」のように実践報告会の都度到達点を報告してきたケースもありま

した。丸山豊さんの「射水放生津(イミズホウショウズ)地区」の報告はすでに3回目を迎え、その継続性の意味と役割に皆の関心が集まりました。

 今年『建まち』2月号に載った「運営者と建て主をつないで障がい者グループホームを建設」という記事の「裏話を聞く」という点で、この施設の施主にあたる林工さんの「グループホーム『樹林の家』が建つまで」という報告も大変面白い切り口でした。

 新井英明さんの「二子玉川の環境を守る会の活動」の報告では、奔放に話題があちこち飛んでいくため、聞いている人は「本題が何か」を見失っていると、話題のすべてがいつの間にか本題に向かって大きく集約していって、しかもひとまわり深くその本質に近づいている、という大変な「話術」に出会えました。

 

 当日のプログラムを以下に記します。

①「体験ブランディングとしてのチェーンストアイメージづくり」小林清泰(株式会社ケノス)

②「事務所ビルの修繕相談から新敷地移転検討、設計・監理に取り組んだ実践」栗林豊(象地域設計)

③「グループホーム『樹林の家』が建つまで」高田桂子(とも企画設計)・林工(NPOつどい)

④「射水市放生津(イミズシホウジョウズ)地区続報『戸建再建エリアの取組み』」丸山豊(まちづくり研究所)

⑤「新築保育園の設計監理3題」佐伯和彦(象地域設計)

⑥「看板建築『海老原商店(昭和3年築)』について」関真弓(都市まち研)

⑦「東四つ木復興まちづくり訓練」松木康高(象地域設計)

⑧「二子玉川の環境を守る会の活動のこれまでとこれからについて」新井英明(二子玉川の環境を守る会)

 

 (東京支部・片柳順平)


[新潟支部]- 中越地震からの復興「山古志」の今を学ぶ

  日時:6月17日(土) 午後1時 ~ 6月18日 (日) 午後12時

  場所;長岡市山古志 復興交流館「おらたる」

 

  新潟支部では、6月17日(土)・18日(日)と、表題の企画を北陸地域支部メンバー対象として実施しました。石川支部2名・富山支部7名・東京支部1名・地元新潟支部6名、合計16名の参加で実施しました。

 阪神淡路大震災以来、日本全国各地で大規模な地震が発生し、その後の復興計画の中で、中山間地域の復興モデルとしてたびたび中越地震の山古志村(現長岡市山古志地区)がモデルケースのように語られ、メディアなどで報道されます。そのことの実態を確認しようというのがこの事業の目的です。

 17日の午後は、①基礎学習(中越地震発生から復興の概要展示)②現地視察(さまざまな地域・復興住宅を中心)③講話(地域コミュニテイの復興と現在)という内容でした。

 地震発生の時に学生であり、発生直後からボランティアとして活動し、そのまま復興支援員として、現在も地元に入って地域づくりに頑張っている井上洋さんのガイドにより学びました。お金(補助金)と活動が不一致。地域住民の意思決定機関をどう作るか?(昔ながらの町内会・自治会では機能しない)、どうやって人と人を繋げるか、それを継続できるか?などなど、半日ですが、大変中身の濃い研修でした。 宿泊所は、復興住宅事業の企画・設計者である三井所清典さんのアルセッド建築研究所が設計された農家民宿です。民家型工法で造られ、吹抜の囲炉裏広間のある大変すばらしい建物です。貸切状態で、大変充実した夕食・交流会、意見交換会となりました。

 18日は、山古志に在る近代化遺産「中山隧道」見学、旧長岡市内にある国有形登録文化財である「サフラン酒造施設群」見学。そして午後から、山古志地域復興の象徴である「牛の角突き」を見学しました。「牛の角突き」は、国重要無形文化財です。この伝統を守るために多くの地元の若者(かなりの壮年の方も多いです)が頑張っているのが実感できました。

 昨年秋に実施された北陸ブロックの幹事会にて、全国常任幹事の今村さんより、停滞している新潟支部の活性化案としてご提案いただき、新潟支部にて具体的な計画を立て実施いたしました。ここ10年以上まともな活動がなかった支部において画期的なことでした。今回の事業をきっかけに、支部活動が継続するよう務めたいと思います。

 最後に、参加し活動支援いただいた北陸ブロックのみなさま・東京支部の丸山さんに感謝の意を表し、報告の締めとしたいと思います。ありがとうございました。

(新潟支部・山岸栄一) 


[千葉支部]- 仕事をかたる会2017@千葉館山

  日時:7月 08日 (土) 〜 7月 09日 (日)

  場所:館山 幸田旅館(懇親会会場) 

  

 千葉新建築家技術者集団は7月8日(土)〜9日(日)にかけて、「仕事をかたる会」を開催しました。参加者は会員15名、会員外2名、学生6名と大盛況でした。

 私が参加するのは今年で3年目ですが、毎年非常に楽しみにしている会合です。例年、昼過ぎから「ごんじろう」という茅葺き屋根の民家に集まり、広間を使って床座で発表者のプレゼンテーションを鑑賞します。

 こちらの「ごんじろう」は東大の岡部研究室さんが管理している民家で、夏のこの時期はいつも学生さんがのびのびと利用しています。私も学生であればきっと入り浸っていたことと思いますので、羨ましい限りです。里山と民家の在り方を感じられる空間で、エアコンなしでも涼をとることができます。なにもなければ昼寝をしたくなる空間なのですが、プレゼンが始まるとそんな気分は一蹴されます。

 岡部研究室の学生さんの古民家を軸にした研究内容の発表を皮切りに、岸田一輝さんの館山で実際に動いている大きなプロジェクトのお話。久野敬一郎さんの野球場のトイレ改修実施設計業務から見えてくる、これからの組織論。鈴木進さんの館山から見る新日本再生紀行。赤塚信義さんが携わった、オーナーが自主施工管理した沖縄での8階建てマンションの話。高山登さんは、歴みち事業による無電柱化事例として小江戸川越のまちづくり事例の紹介。西沢鉄雄さんの手を動かすことで掴み取る空間の特性と意味のお話。大竹司人さんの長期優良住宅・性能表示制度によりグリーン化事業の助成を受けた住宅事例の紹介。加瀬澤文芳さんの自分の山の木で古民家再生したお話。わたしも昨年完成した住宅設計のあれこれをお話させていただきました(写真1)。

 一人20分という区分がある中での発表でしたが、毎回おおいに質問が飛び交い、いくつになっても熱い思いで建築と向かいあえる人々とこうして過ごせることが、なによりも楽しいひとときとなるのでした。また、お互いの仕事の一面を見ることで親近感も一段と増し、夜の懇親会でも会話に花が咲くのでした。

 懇親会会場は、館山の老舗旅館である幸田旅館。今年の料理は早朝から集まって釣りに出かけた面々の釣果に舌つづみを打ち、海の街館山らしい新鮮なお刺身を肴に、差し入れの焼酎を酌み交わしました。その後委員長の美声を聞かせていただいたような覚えもあるのですが、気のせいかもしれません。

 翌日は館山出身の鈴木進さんの引率で、館山観光に出かけました。赤門が有名で文化財指定も受けている鈴木家を見学し(写真2)、大戦時に作られた館山海軍航空隊赤山地下壕跡を探検。東京湾入り口の東端を示す洲崎灯台を経由し(写真3)、館山砂丘を眺め、安房神社に参拝。その後、前日にプレゼンテーションを見た岸田さんたちの小学校の改修工事を案内いただき(写真4)、最後はTRAYCLEという古い建物をリノベーションして使っているカフェを訪れました(写真5)。

 夏の盛りの感じる千葉南方安房館山でここ数年開催されている仕事をかたる会2017は、カフェでの反省会で締めくくり現地解散となりました。充実した2日間で感じられた建築にまつわるさまざまな側面。そんなお土産を持って、また日々建築と向かい合っていけたらと思います。来年も仕事が語れるよう精進していかなければなりませんね。

(千葉支部・上村康弘)