2018年12月号(No.480)

まちを形づくる主役・脇役たち

 

普段は何気なく見過ごしている建築や建造物、樹木などが、実はまちを生き生きさせている立役者だと気付くときがある。専門家だけでなく一般の市民も同じ認識であろう。いつも意識している訳ではないが、お気に入りの建築や風景が身近にあるはずである。この特集は新建会員が市民の目線で、都市を輝かせ、賑わせている建築などを改めて探ってみた。大事にしたい都市空間を市民と共有するために。

 

・市民のための庁舎-宝塚市役所                   大原 紀子
・まちと一緒に成長し地域景観になじむ-大阪経済大学群        伴 年晶
・東京下町で見つけたお気に入りのお店                持田 庄一
・住棟と植栽樹木が織りなす景観-志木ニュータウン          小林 良雄
・普通の建築にない「ままならなさ」と「面白さ」-鉄道高架下建築   栗山 立己
・昭和から平成の庶民住宅競演-コーポ新豊里界隈           大槻 博司
・ホテルガーデンスクエア静岡界隈                  本多 ゆかり
・「まちかど」建築考-松江市の下町・雑賀町             泉 宏佳
・BORDER考:境界線のあたり-鈴鹿市の住宅地            黒野 晶大
・公共歩廊がつくりだした空中の商店街-松戸駅東口デッキ       鎌田 一夫

 

◆新建のひろば

東京支部──東京BAUHAUS2018

・第14回地方自治研究全国集会

京都支部──針江「生水の郷」を巡る旅

東北・北海道ブロック会議

福岡支部──「2019年夏は、ぜひ福岡に!!」

・復興支援会議ほか支援活動の記録(2018年10月1日~ 10月31日)

  

◆連載

《英国住宅物語 エピローグ》佐藤健正さんとイギリス   川崎 直宏

《普通の景観考13》ヤンバンの住んだ北村        中林 浩

《書棚から》再開発は誰のためか 住民不在の都市再生

 

主張『大阪万博とカジノ、そしてバブル崩壊』

全国常任幹事  栗山立己

 

 2025年国際博覧会(万博)の大阪開催が決まった。会場予定地の夢洲(大阪市此花区)の開発が始まったのは1977年。以来、大阪市が約3000億円を投じて造成してきたが、バブル経済の崩壊や08年夏季五輪の招致失敗などで整備計画はたびたび頓挫、「負の遺産」と呼ばれてきた。7年後に万博会場となる中央・南部分は、今も埋め立て工事が続いている。70年代の開発当初、夢洲は公共事業で生じる残土の処分場の位置づけだった。造成した土地には住宅や商業施設が計画されたが、バブル崩壊を機に事業は停滞。2008年夏季五輪の招致活動を巡っては、選手村となる予定だったが、北京に敗れ白紙に。塩漬け状態が続いていた。
 大阪万博は会場整備に1200億円から1300億円を投じる計画。それとは別に、運営費に800億円、地下鉄延伸や橋の拡張などの関連事業にも700億円超が見込まれている。会場整備費は国と府・市、民間が3分の1ずつ負担すると取り決めているが、民間の負担とした400億円は具体的な配分計画ができておらず、資金確保の実効性は不透明だ。最大のライバルと目されていたフランス・パリは財政負担の重さから途中で辞退している。また、招致段階で約7000億円と見積もられていた経費が3兆円にまで膨らんだ東京五輪のようなケースもあり、今後どのように膨らんでいくのかが不安視されている。試算によると、大阪万博の想定来場者数は約800万人、経済効果は約2兆円とされているが、想定来場者数を下回ると赤字の可能性が出てくるという。厳しい大阪府の財政状況のなか、多額の税金を使い、本当に府民のための経済効果が得られるのか、厳しく見守る必要がある。
 実は大阪府の計画によると、万博開催の1年前、2024年までにその夢洲でIR、つまりカジノ
を開設することになっている。そして、2025年、半年で万博が終わった後、その跡地でもカジノ施設をオープンして、規模をどんどん拡大させていくことになっている。つまり、最初にカジノありき。カジノだけでは税金投入に反対意見が出るため、万博という大義名分を使ってインフラ整備を図ろうという計画なのだ。しかし、カジノに関して、府民には反対の声が圧倒的に多い。世論調査によると、IR誘致への反対が6割に上る。理由は「治安が悪化しそう」が最多の62%だった。今でも、近隣に京都・奈良・神戸といった、すばらしい観光地を有する大阪に、なぜカジノが必要なのか、そこに大きな利権が絡んでいるとしたら、大きな問題である。
 他方、近年大阪市の不動産の価格が異常に値上がりしている。特に中心6区(北区・中央区・福島区・西区・浪速区・天王寺区)が凄まじい。この背景には、東京の不動産価格が上がりすぎ、不動産業者や投資家が東京に比べて相対的に割安で、価格の上昇を見込むことができる大阪市の不動産にマネーが移ったことを意味している。特に海外投資家が割安な関西のマンションに目を向けたという理由がある。また、年間1200万人を超えようとしているインバウンドを狙うホテル業界と、マンションディベロッパーとの競争で土地価格が上昇し、結果としてバブルといわれるほど不動産価格が上昇している。
 「露と落ち、露と消えにし、我が身かな、浪速のことも、夢のまた夢」 豊臣秀吉 万博とカジノの饗宴のあと、バブルは崩壊し、大阪は一体どうなるのか。

 


東京支部 ー 東京BAUHAUS2018

  日時:2018年9月29日(土)  

  場所:目黒区 ICSカレッジオブアーツ 碑文倶楽部

  参加:45名

 

昨年に続いて2回目となる「東京BAUHAUS2018」が9月29日(土)に東京支部主催で開催されました。

会場は目黒区にあるICSカレッジオブアーツの碑文倶楽部。「暮らしと文化から見る、共生のためのデザインと技術」というテーマで、5つの講座、45名の参加者で盛り上がりました。開催にあたり、神奈川、埼玉、群馬の近県3支部を含む9団体の後援をいただきました。

 

 一番手は、新建代表幹事の中島明子さんによる「〝住む〞ことの未来、居住貧困・女性から考えてみよう││21世紀に生きる私たちの課題││」。新自由主義・人口減少・人災列島という現代日本の特徴をおさらいし、持続可能な開発目標という国連の提起を紹介しながら、ご自身が取り組まれてきた貧困居住との闘い、女性・家族と住まいを語られ、さらに、住まいの未来として、「住まい・まちづくりにおける共同性の再生」を多様な事例をもちいて紹介されて、住宅政策から「地域居住政策」への発展を訴える内容でした。私自身の実践のフィールドともかぶり、とてもわくわくする内容でした。

 

二番手は、埼玉大学名誉教授の岩見良太郎さんによる「2020オリンピックと東京の住環境」。アベノミクス+オリンピック、コイケノミクスによる東京都市ビジョンが、東京をどこに運ぶのか、金融都市東京の巨大化をドーピング的な二つの特区(都市再生特区と国家戦略特区)で推し進めようとする狙いと実態が生々しく紹介され、規制緩和による住宅過剰供給に警鐘を鳴らされました。さらに、防災の名のもとにある不燃化特区が防災街区整備事業などの市街地再開発と結びつき、特定整備路線の整備が家・住環境・コミュニティを壊していること、集約的地域構造への再編が拠点再開発と結び付き、コンパクトシティや立地適正化計画が矛盾を激化させていることが指摘されました。東京でこんなことが起こっているのか、という驚きの声が聞かれました。

 

 三番手は、結設計室主催の関谷真一さんによる「空き家対策から始まった地域再生」。市街地調整区域における地域再生の先進モデルとして八王子市が主導する取り組みを紹介していただきました。人口減少が続く小津町で、地域住民と外部の人々が連携するまちづくりの推進を目的として、地域住民を中心に外部の専門家が参加したNPO法人小津倶楽部を設立しました。空き家を再生した古民家を拠点に、5つのプロジェクト(空き家・空き山・空き畑の活用、地域づくり、外に開いたイベント)に取り組んでいます。今後は、訪問型サービス事業や体験農園も計画しているそうです。人口減少抑制と交流人口増加を目標としながらも、大勢の人には来て欲しくない、観光開発ではない住環境の維持と向上をめざした地域コミュニティづくり、コミュニティビジネスの展開を目指している、とのお話に共感しました。

 

 お昼を挟んだ四番手は、アーク・ライフの高本直司さんによる「北欧から学ぶ環境と暮らし」。パリ協定にある家庭部門のCO2排出量40%削減という目標の達成や、健康な暮らしのための室内環境(室温18度以上やCO2濃度1000ppm以下など)の実現を学ぶため、40 年前から機械換気が導入されているスウェーデンを訪れ、世界屈指の換気空調メーカーであるシステムエア社の本社工場と研究所も視察してきた、という旅行記でした。飛行機を降りた瞬間から、訪れた先々で快適な室内環境を得るための工夫を精力的に観察し記録する熱意に頭が下がりました。仮に新築住宅全てをZEHにしても家庭部門のCO2排出量の目標達成にはほど遠いのですね。既存家屋での改善に関心が生まれました。

 

 最後は、ゲストスピーカーとしてお招きした(株)ワイス・ワイス代表の佐藤岳利さんと丸谷博男さんによるパネルディスカッション「国産材と職人を原点とした家具づくり」。ワイス・ワイスは表参道と東京ミッドタウンに店舗を持つ家具・インテリアの製造販売会社。大学卒業後の海外勤務のなかで少数民族の村を訪ね歩いた話から、社内ベンチャーでワイス・ワイスを立ちあげ急成長させたものの、業界全体のローコスト化のなかで売り上げは伸びても利益が出なくなった。環境NGOとの出会いで大きく方向転換して、オーガニック・ナチュラルブランドとして会社を再生することを決意した。フェアウッド(合法木材)を使ったメーカーとなることを発表し、現在では、海外の木の使用をやめ、日本全国の林業地とつながって、その地域で製材してその地域で家具をつくることに取り組んでいるそうです。FSC認証(森林認証)など大切な取り組みも教えていただきました。とても魅力的な取り組みで、参加者一同引き込まれていました。

 

 終了後は佐藤さんも一緒に懇親会。とても楽しく元気の出る時間を過ごせました。今年も大変充実した内容でした。また来年もと話し合っています。

(東京支部・丸山豊)


京都支部 ー 針江「生水の郷」を巡る旅

  日時:2018年10月21日(日) 

  場所:高島市針江地区「かばた」

  参加:14名

 

 2018年10月21日(日)、湖北の旅第2弾として、高島市針江地区の「かばた」の見学に行ってきました。滋賀支部、福井支部、お子さんも含め参加者は14名でした。

午後1時に針江公民館に集合。すでに通ってきた道にも公民館の前にも、澄んだ水が流れる川や水路が目に入ります。地元のガイドさんに案内してもらい、1時間半かけて針江地区をまわりました。

 「かばた」とはこの地域に湧き出している水を生活用水として利用したシステムのことです。各家庭の庭先に、湧き水を引き込んだため池を囲んだ小屋が造られていて(屋内タイプも有)、昔は炊事や洗濯に使っていたそうです。またその湧き水のなかで鯉などが飼われていて、炊事の際に出た野菜のクズなどは鯉のエサとなり、きれいな水が保たれるという自然循環型のシステムになっています。現在では炊事や洗濯は家のなかで水道水を使い、下水へ流す方が多いようですが、湧き水は水温が一定なので、夏には野菜を冷やしたりという光景が多く見られるそうです。ガイドさんのお話を聞いて、地域の人みんなが使う水をお互いに大切に使おうという意識が根づいているように感じました。我々一行もガイドさんに紙コップをもらい、色々な家庭の「かばた」で湧き水を試飲させてもらいました。雑味がなくてとてもまろやかな味わい。それぞれの「かばた」によっても微妙に味の違いがあるとか。

 針江地区をまわった後は地元の川島酒造の見学です。社長さんが日本酒に対する熱い思いを語りながら案内してくださいました。もちろんお酒もたくさん

試飲させてもらいました。そして最後は新旭駅近くの居酒屋さんで美味しいお魚などをお腹一杯いただき(安い!)、お開きとなりました。今回、企画から当日まで成宮さんには大変お世話になりました。ありがとうございました。

(京都支部・宮田希)

 

 琵琶湖の東に移り住んで22年。初めて反時計まわりの電車に乗って対岸のまちにうかがいました。同じ湖(うみ)に面しているのに、風の強さが違うことに驚きました。「みずが湧き出すまち」針江地区のみなさんが、大切な水を生活のなかでじゅうぶんに使いこなしておれられる仕組みと、その暮らしに誇りをもって継続されていることに感銘をうけました。まちは大地と関わり成立していることをあらためて知った一日でした。

お世話役の成宮さんありがとうございました。

(京都支部・富永斉美)


東北・北海道ブロック会議の報告

  日時:2018年10月27日(土) 10月28日(日)  

  場所:東京エレクトロンホール、宮城県石巻市

  参加:15名

 

去る平成30年10月27、28日の両日、東北以北では初のブロック会議が開催された。

 出席者は、全国より鎌田氏、新井氏、北海道支部より大橋氏、石原氏、白田氏、青森支部より斎藤氏、大谷氏、森内氏、岩手支部より小笠原氏、宮城支部より佐々木氏、小椋氏、阿部重憲氏、岩渕氏、荒木氏、阿部元希(筆者)の15名が参加した。初日は東京エレクトロンホールにて、二日目は宮城県石巻市を中心に復興の状況視察を行った。

 

 初日、大橋全国常幹より開会挨拶があり、北日本でのブロック会議開催までの経緯について説明をいただいたあと、全国報告として鎌田常幹よりご報告をいただき、特に今後は支部の活動、支部を超えての連携性の重要性などが語られた。続いて新井常幹より、災害復興支援活動についてのご報告をいただき、災害がたび重なる現状から、時限的な会議体から新建災害復興支援会議という恒常的な会議体とした経緯が説明された。

 東北・北海道各支部からは、それぞれ固有の課題の報告があったが、共通して、会員減少、高齢化による支部運営の危機などが明らかになった。

 

 北海道支部からは、積雪地特有の課題説明や、北海道地震の現状報告があり、東北からの知見の共有が必要だという認識が確認された。一方、13年ぶりに開催されたセミナーが盛会に終わり、今後の活動の光明が見えたとのことだった。

 

 青森支部からは、新建の会員たるメリットをいかに構築できるかという課題が提示された。数ある業界団体との差別化、建築以外の会員を有した青森デザイン会議という協会の存在も紹介された。青森には建築とまちづくりの概念の裾野が広いからではないかとの意見もあった。

 一方、地方の存在価値については、個人のみの構築はなかなか難しく、なにかしらの影響も必要な側面があるものの、中央に取り込まれ価値ゼロのような状態となってはいけない。青森が頑張りキラキラと光る地方のあり様を発信していただきたいという発言も出た。全体に影響を与える地方の活動が求められているとうことだ。つまりは、地方地域全体で新建の価値探しをしていくことが重要だということだろう。

 

 岩手支部からは、新建活動が実務に結びつかない、お金に続かないからと辞める方もいるようで、限界に近い状況が報告された。

 

 宮城支部からは、会員連携・会員増強をはかるためにまちづくりに関する読書会や、各月ごとに開催されている定例会の報告がなされた。また、震災に関わる諸問題がより顕在化され、かつ深刻化している状況も報告された。

 その後の全体意見交換でも、やはり課題は地方からいかに存在感を発信するかということが議論された。愛知や富山ではそういった視点では活発な動きが継続されているとのことで、本ブロックに課された課題の一つであろう。また、多くの会員が新建以外の団体にも所属している背景を鑑み、良い部分は吸収し利用するという視点も大事ではないかとの意見もあった。一方、そういった視点での自己研鑽に対する姿勢の低落さが、業界を超えての課題だとの意見もあった。

 

 最後に、特別報告としてみやぎ県民センター事務局長の小川静治氏より「東日本大震災・被災地の現状と県民センターの取り組み」として、宮城県内の震災復興に関わるさまざまなご報告をいただいた。課題山積はおろか深刻化している状況は、震災ではなくもはや人災、というのは発災直後から分かっていたことだが、8年が経過し、ことさら質が悪い。「一番おかしいなと思うことは、国を始め行政が失敗を認めないということ、それがさまざまな形で表れている。震災の問題はさらに質を変えて現れている。県民センターでは人間の復興、住民本位の復興を掲げ、今後の5年を重要視している。今も1万1千人以上が避難している。これは明らかに失敗を示している(小川氏)」。同じ過ちを他の地域、北海道のみならず将来の被災地でも繰り返してはならない。

 

 二日目の被災地ツアーは、宮城県石巻市の渡波地区から始まり、住まい連の佐立氏よりご説明いただき、防潮堤および二線堤の現状、白地地区問題や空地問題をご説明いただいた。特に国が進める復興記念公園の宮城県唯一の立地場所が、被災した広大な石巻市門脇地区の一帯であることが説明され、今後の管理運営にかかる問題が整理されているかなどが憂慮された。

 その後、女川町に向かい、いわゆる「復興の成功事例」といわれる状況を視察した。週末やイベント時などの一過性のみではなく、日常性を評価検証し、「女川は誰のための町なのか」を考える必要があるだろう。高台移転先と、そこから見下ろすその街並みは、誰のための事業だったのか。同じ心象を、続いて赴いた雄勝町で繰り返すことになる。優美なリアス海岸を埋め尽くす防潮堤は、もはやなにを守るためなのか。

 予定外にサプライズだったのは、雄勝花物語の徳水ご夫妻とお逢いでき、その想いをお聞かせいただけたことだった。「行政主体の復興に失敗があるが、住民主体の復興には失敗がない(どういう結果であれ失敗という概念が存在しないという思いがある)」。復興とは、人の想いが繋がり成就すること、構築物ができ上がることではないと後押しをいただいた。

(宮城支部・阿部元希)


福岡支部 ー「2019年夏は、ぜひ福岡に!!」

  日時:2019年7月12日(金)〜 7月14日(日)  

  場所:福岡市早良区 九州大学西新プラザ

 

2019年7月、福岡で建築とまちづくりセミナーが開催されることとなりました。各支部多数の参加宣言をして、それを上回る人数で来てくんしゃい。 まっとるばい!!

(福岡支部・巻口義人)

 福岡では2009年の夜須研究集会以来の全国企画となる建まちセミナーですが、思い返すと2017年9月頃から片井氏が声を上げ総会議題にもなりましたが結論は出ず、11月に大阪での全国大会懇親会の場でやはり片井氏が「2019年は福岡で開催します!」と豪語したことに端を発しています。福岡に戻ってから「大阪で全国の会員に宣言した!」と幹事会で再度議題として上げるも、みんなは突然のことに「ぽか〜ん」。その後は忘年会となり、やるともやらないとも結論は出ていませんでしたが、年明け後も幹事会の度に話しが出るうちになんとなくやる方に……と、ゆる〜くスタートしました。

 

 3月20日、幹事会に併せて第1回実行委員会を開催。2019年は、ラグビーワールドカップがあり、9月の全国幹事会、11月の全国大会も勘案し、夏休みになると交通費も高騰することから、7月上旬で博多山笠と絡める開催ではどうか。次回以降は会議形式だと意見が出にくいので、ワークショップ形式で「福岡ならでは」「今ならでは」のアイデアを持ち寄り、全国のみなさまが福岡に来てよかったと思えるセミナーにしようと確認し合いました(この時になぜか実行委員長の指名を受け、いつの間にか既成事実になっていましたが、後日の北海道セミナーでようやく了承した私でした)。

 

 5月以降は毎月幹事会と別にTM(チームミーティング)と称し、会員の会社や自宅も使用し楽しく会合しながら、第1目標であった犬山での研究集会で配布するフライヤーをまとめる事ができました。フライヤーをまとめるまでの道のりも決して容易ではありませんでしたが、福岡支部の特徴でしょうか?役割分担をする時「だれが担う?」と沈黙が訪れると、耐えられなくなった誰かが、「誰もいないなら……」と声に出してくださり、時に激論を飛ばしたあとも、静かに他を思いやりサポートする文章が飛び交い、徐々にではありますが実行委員の数も増加し、新しいメンバーがつぶやく一言で凝り固まった頭が解けてアイデアが湧いたといったこともありました。

 

 フライヤー記載の通り、7月12日から14日は博多祇園山笠の期間真っ最中です。13日は特等席からの観覧を計画中ですし、クライマックスの15日早朝追い山まで残られる方には、ポイントを移動しながら勇壮な山笠を真近で見てもらう計画です。セミナーの方も5講座企画し、地域に根ざし住む人使う人の想いに立って活動されている講師の方々に講演していただける準備が整っています。最終講座に関しては、冒頭に書いた2009年の夜須研究集会以前の福岡支部と、以降の福岡支部の相違点を洗い出し、「なぜ変われた?」「どうすれば?」を分析し、当日ご披露できればと他の講座と違う課題が盛りだくさんのなか、支部会員一同で楽しく検討中です。まもなく新建が結成50周年を迎える前に『2019建まちセミナーin福岡』が開催されることになり、福岡支部だけのことでなく新建の今後も語り合える場になれたらとも話が出ています。

 

 私個人的には新建歴は3年目と浅く、仕事的にもゼネコンの見積担当であり、建築やまちづくりにも計画や工事では関わりにくい業務であるため、新建の想いはイメージで共有しているだけで経験の裏付けもなく力不足な実行委員長ですが、今回この場所にいる縁・運命?に想いを馳せつつ、当日みなさまが無事に大勢福岡に来られ、大いに語らい良い交流をし、無事に自宅に帰っていただけるまで福岡支部会員と総力を挙げて準備し待っとりますけん、各支部多数の参加宣言をして、それを上回る人数で来てくんしゃい。 まっとるばい!!

(福岡支部・巻口義人)

7月12日(金) 

12:30 受付開始

13:30 開講式

14:00 セミナー第1講座 村瀬孝生氏 15:30 セミナー第2講座 藤本昌也氏 18:00 大交流会

(シーサイドツインズホテル百道 泊) 

7月13日(土) 

09:00 セミナー第3講座 江藤眞理子氏

10:30 セミナー第4講座 杉岡世邦氏

13:00 セミナー第5講座 新建福岡支部

14:20 閉講式

15:30 山笠観覧「集団山見せ」

18:00 懇親会

(シーサイドツインズホテル百道 泊) 

7月14日(日) 

オプショナルツアー

(半日・1日コースを準備中です)

 

さらにお時間の許す方

翌早朝7月15日(日・祝) 4:59スタートの「追い山」観覧(観覧後、解散) 



 奈良支部 ― 葛城の歴史と町並みを訪ねるハイキング

  日時:2018年11月25日(日)  

  場所:奈良盆地 葛城の歴史と町並み

  参加:10名

 

 今回の企画は、この葛城の歴史と町並みを訪ねるもの。11月25日、8時50分に近鉄御所駅集合。10名が参加した。

 5世紀頃の奈良盆地は、東側の三輪一族と西側の葛城一族の二豪族が勢力をふるっていた。三輪一族が第10代の崇神天皇に始まる大和朝廷を興したとされる一方、葛城一族は大和朝廷が成立する以前に葛城王朝を築いていた。そして、金剛山麓の高天地域は神々が住まわれていた高天原の地として、今日に伝えられている。今回の企画は、この葛城の歴史と町並みを訪ねるもの。11月25日、8時50分に近鉄御所駅集合。10名が参加した。最初は葛城山麓をバスで九品寺へ。九品寺は、奈良時代に行基が開いたという名刹で裏山に千体石仏がある。これは南北朝時代に、南朝方についた楢原氏の兵士の身代わりとして奉納されたものだという。ここでしばらく時間を費やした後、山裾を南に歩を進める。程なく第2代綏靖天皇の皇居と伝えられている「高丘宮跡」の碑に遭遇するが、歴史的な根拠は乏しい。今は人気もない山林とわずかに耕作をしている小さな水田しか残っていない。10件足らずの民家をすぎると一言主(ひとことぬし)神社に到着。一言ならば願いを聞いてくれるという一言主神社の祭神は古事記や日本書紀に出てくる事代主命(ことしろぬしのみこと)で、雄略天皇が葛城山で狩をした時に現れた神様。境内には樹齢1200年以上と言われる銀杏の木(写真1)がある。松尾芭蕉の句碑も残されている。少し東に歩を進めると石造りの鳥居が現れる。ちょうど参道を逆に進んできたことになる。人家が増え、森脇の集落に到着。大きな住宅とケヤキの大木が訪れる人を圧倒する。さらに南に進むと、名柄に着く。名柄は金剛山麓を南北に走る名柄街道と大阪に続く東西の水越街道の交わった集落で江戸時代には宿場町として栄えた。ここも古い民家が軒を連ねている。なかでもひときわ大きな大和棟の本家と楠とケヤキの大木のある家(写真2)があった。昔の庄屋であったが今は空き家になっている。少し街道から外れて東に進むと長柄神社(写真3)がある。日本書紀には天武天皇が境内で流鏑馬をしたと記されている。ここにも大きなケヤキの大木があり、本殿は一間春日造りで室町時代に建てられた。本殿の庇裏には泥絵の具で龍が描かれていて、どこから見てもこちらを睨んでいる八方睨みの龍というらしい。街道にもどって少し南に進むと1902年に開所した旧名柄郵便局がある。ここは2015年にリノベーションされ、カフェと資料館として再生した。中にはいると当時の郵便運搬用の人力車や公衆電話が展示されていた。さらに街道を南に進むと中村家住宅(写真4)がある。この建物は、もとは代官屋敷で慶長年間(1596年~1615年)に建てられた。桁行22.1m、梁間11.2m、切妻造段違、本瓦葺きで国指定の重要文化財になっている。何年か前に訪れた時は中に入れたのだが、今は固く門を閉ざしたままになっている。広く国民に公開してこそ価値があると思うのだが。さて、12時に南郷庵で「そば会席」を予約しているので、少し急ぐ必要がありそうだ。佐田、井戸という集落を急ぎ足で通り抜ける。南郷集落に着くと、急に視界が広がる。遠くは奈良市から天理市、桜井市へと続く大和青垣といわれる奈良盆地の反対側の山々、そこからその裾野に広がる家々や木々、畝傍山、耳成山、香具山の大和三山、近くは御所の街々や田園風景(写真5)。午前中の行程終了にふさわしい風景を満喫したあと、そば会席をいただく。ところで、南郷地域は最近の発掘調査によって、5世紀に日本列島最大規模の集落があったことが判ってきた。東西1.4km、南北1.7km、面積2.4km2の極楽寺ヒビキ遺跡を含む南郷遺跡群である。王の高殿をはじめ王の祭殿、渡来人の家や工房、倉庫群跡が出土した。朝鮮半島の百済と伽耶地方との深い関わりがあったことも判明した。今は田圃の下に埋もれ、何のしるべも案内表示もないが、古代の文化遺跡として一般の観光客にもきちんと知らせることが必要だ。さて、午後からは南郷から橋本院まで結構きびしい登山をすることになった。日頃はめったに歩いて訪れることはなく、車で舗装された別の道を行って、上から降りてくるという順路だが、今回はそうはいかない。日頃の運動不足が実感される。息も絶え絶えに、なんとか橋本院に到着。橋本院は養老年間(717年~724年)に行基が開いた高天寺の一子院で、もとは奈良興福寺に所属していたが、その後、高野山金剛峰寺に属し、真言宗の開祖である弘法大師を祀っている。南北朝時代には、南朝側について戦ったが、高天千坊の僧兵を失い、堂塔が焼き払われたという。今は本堂と庫裡などわずかな建物がひっそりと残っているだけで、境内には皇帝ダリアが咲いていた。橋本院を後にして、少し山側に進むと高天の集落に着く。このあたりが古事記の「天地(あめつち)のはじめ」に登場する神々の生まれる場所、高天原である。さらに少し南に進むと高天彦神社(写真6)に到着する。この神社は、葛城王朝を築いた葛城一族の祖神を祀る。何年か前に境内のケヤキに落雷があって、その倒壊で本殿の屋根が破損し、その後修復するも瓦が不揃いなままになっている。そこから時間短縮のために、森林の中の道無き道を下り、菩提寺に到着。菩提寺もまた奈良時代に行基が建てた菩提院跡地にある寺で、かつては「伏見千坊」と言われ、約40カ所の寺院があったが、南北朝時代に焼き払われた。今は、仁王門と本堂だけになっている。このあたりからの眺望もすばらしい。南郷から望む時とはちがって、吉野連山がよく見える。近畿の屋根といわれる山また山の大パノラマが広がる。さて、あとは下るだけの行程と足取りも軽く進んでいると、伏見八幡神社の横を通った。そこは登り口で上に階段が何百と続いている。もとより見学コースにも入っていなかったのだが、案内板をみて、誰かが「もう二度と来ることがないかもしれない」といったとたん、新建魂に火がついたか、急遽、参拝することになった。行ってみると結構立派な三間社流造りの神社(写真7)で応神天皇を祭神としているという。がんばってきた甲斐があったというものだ。参拝のあとは伏見の集落を下っていく。ここは家々の石垣がすばらしい。しばらく歩くと県道30号線(通称、山麓線)にでた。ここからこの県道を下っていくと、懇親会場でもある「かもきみの湯」に到着する、予約時間もいい感じ。秋の頃とて日が短くなっていることもあり、このまま「かもきみの湯」に行くか、それとも右に曲がって高鴨神社に行くか聞いたところ、誰もが右に行くという。新建魂の貫徹でまたもや遠回りをすることになった。しばらく歩くと葛城の道歴史文化館に到着。ここは1986年に開館したが、設計は今は亡きあの吉田桂二さん。周辺にマッチした上品な建物で中も案内したかったが、開館は4時までということで既に閉まっていた。隣接の高鴨神社(写真8)を参拝。高鴨神社は全国の鴨(加茂)社の総本宮で弥生中期から祭祀を行う日本最古の神社の一つ。鴨族は稲作、製鉄、薬学、馬術などに優れた技術をもち、各地にその技術を伝えたという。京都の上賀茂神社、下鴨神社の本家にあたる神社で、社殿は国の重要文化財に指定されている。本殿は、室町時代に造られ、三間社流造りで檜皮葺、唐破風付き。拝殿は最近建て替えを行っていて、柱はもちろん屋根まですべて桧で造られている。

 

 ここから「かもきみの湯」までもと来た道を戻るのでは時間がかかるし、思い切って畦道を歩くコースを選択したが、途中から道がなくなって、それこそ道無き道を歩く結果になった。方向は間違いないが、だんだん暗くなってくるし、参加された皆さんにはたいへんな思いをさせてしまった。訪問地を少し欲張りすぎたか、目的地の「かもきみの湯」に着いたときには予定より一時間ほど遅くなっていた。それでも、楽しい懇親会とあたたかい湯に身も心も癒された。

(新建奈良支部・川本雅樹)