2019年1月号(No.481)

明日につなぐ建築まちづくり活動──第31回新建全国研究集会から

 

第31回新建全国研究集会は愛知県犬山市で開催された。犬山は12年前セミナーを開催した縁の土地である。12分科会60編の報告は、様々分野での建築まちづくり活動の明日を指し示している。その中から都市計画論、すまいとまちづくり、施設建築など5テーマの報告を紹介し、あわせて記念企画や見学会の報告、参加者の感想を掲載した。

 

・第1分科会報告 立地適正化計画批判と場のまちづくり         岩見 良太郎
・第4分科会報告 山がくれた遊具                   大塚 謙太郎
・第5分科会報告 まちなかのみんなの居場所「まちかどサロン」     野田 明宏
・第7分科会報告 平屋のむらづくり                  伴 年晶
・第10分科会報告 地域で暮らす障害者のグループホーム         星 厚裕


・第31回新建全国研究集会(犬山) 全体と分科会の報告/記念企画/交流会/見学会/参加者感想

 

 

◆新建のひろば

・西日本豪雨災害──岡山県内の状況報告
・「災害対策全国交流集会inいわて」
・奈良支部──「葛城の歴史と町並みを訪ねるハイキング」
・「東京地方自治研究集会」2つの分科会を中心に参加
・復興支援会議ほか支援活動の記録(2018年11月1日~ 11月30日)

 

 

  

◆連載

《災害復興の姿 プロローグ》国内外の震災復興の事例に学ぶ   塩崎 賢明
《普通の景観考14》ソウルの街路景観             中林 浩
《新日本再生紀行14》奈良県生駒市              伏見 康司

 

 

 

主張『ライフ・ステージをつなぐコミュニティ空間を─京都の緊急課題』

全国代表幹事  片方信也

 

 文化遺産の保存にみる京都市の行政の乱脈ぶり、観光客のインバウンドを背景にしたホテルラッシュ、民泊急増問題など、最近の身の回りで起きている事象に目を向けてみると、歴史都市京都の市街地環境の変貌ぶりに驚くばかりでなく、そこには住み続けてきたことによって身についてきた市民の生活感覚や価値観までねじ曲げようとする思惑が頭をもたげてきているように思われる。
 京都の下鴨神社とその境内は、それぞれ資産(Property)と緩衝地帯(BufferZone)との位置付けで世界文化遺産に登録されている。ところが、緩衝地帯である「糺の森」でのマンション開発が、地元住民や市民による異議申し立てに耳も貸さずに許可・実施された。この行為は、遺産条約に規定される、人類全体の「顕著な普遍的価値」を開発業者の側の利己的な利益へと転化させることであるが、京都市の判断はこの措置を制度運用の価値基準に組み入れ、市民が文化遺産に托する、いわば人間の文化への精神の支えとなっている感覚と価値観を押しのけようとする働きをしていることは自明である(昨年の新建全国研究集会の第7分科会で報告)。
 昨年5月には、この開発を京都府建築士会が第6回京都建築賞の「優秀賞」に懸賞しており、その講評は、葵祭の「風雅な装い」の隊列の「鑑賞が可能になる集合住宅は稀有な存在」であるとまで持ち上げて述べている(京都府建築士会「京都だより」№505、2018年8月)。ここには、先に触れた文化遺産の価値の経済的利益への転化行為を建築設計の視点からバックアップする見解が示されており、これに驚く。
 息つく間もなく市民の目の前に突きつけられたのが、2007年にスタートした「新景観政策」における高さ制限の規制を緩和する策の案であった(「毎日」2018年11月17日記事)。
 内容は飲食店などを誘致する場合に、御池通や五条通の一定の区間の高さ制限を緩和する。たとえば、御池通では河原町通から堀川通の区間で、31m制限を一定条件のもとで3〜5m緩和する。その他、スーパーや保育所などの設置を「地域のまちづくりに貢献する」などと位置付ける条件で従来の「特例許可制度」も見直し、候補地として市営地下鉄の竹田駅などが挙げられている。
 その目的は、近年のインバウンドを背景にしたホテルラッシュなどによる地価高騰をやわらげ、マンションやオフィスが立地しやすくすることによって若年層の流出を阻止するためと説明している(同記事より)。しかし、この措置は主要幹線道路沿いと駅という交通拠点に、高層ホテルや高負担が可能な階層向きの高層マンションが進出しやすいように取り計らう意図を持っていることは明らかで、若い人たちがマンションに住むのは一層むずかしいことになるのは論を待たない。
 上記の事象のいずれにも共通しているのは、開発主体が利己的に経済的利益を優先する投機的開発主義というべき観念が貫いていることではないか。いまや、行政側もそのような開発を是とする新自由主義の一翼を担い、市民を説き伏せる側に立っていることをはっきりと示しているといえる。
 いま大切なことは、そうした観念の押しつけを許さず、真の意味で歴史的に市民自身が育ててきた自然環境・歴史的文化的な京都の生活空間と、生命体としての人間との一体性を見直すことの重要性である。その一体性感覚は、実に町家や長屋が存立する低層高密居住が可能な、そして子たちの遊び場など世代をつなぐ憩いの空間ともなる寺社などの境内地や、樹林地を含む歴史的街区・市街地を守り続けて来た伝統によって市民が体するようになったもので、その継承こそ、京都市民が共同して取り組むべき住まい・まちづくりの課題ではないか。京都市はこれを全面的に支えなければならない。